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半兵衛

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    いかつい顔してます。でも気持ちは柔らかいですよ。 背後の本棚に収まっているのは、角川文庫やらなにやら(笑) 新しい本棚の前で、ちょっと自慢気味?

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2008年10月18日 (土)

「悪霊」の次は「獄門」

以下の文章は、他の場所で発表したものですが、内容が横溝作品についてなので、あえてこちらのブログにも掲載することにしました。なお、文章中程に注意書きはしてありますが、「獄門島」の犯人の正体をばらしています。未読の方は十分ご注意の上お読みください。

_____________________________________

何とも不気味なタイトルですが(笑)

「獄門島」を読了しました。

以前にもちょっと疑問を呈したことがあるんですが、あらためて疑問点を列記してみたいと思います。

1)鬼頭千万太の最後の言葉「おお、いとこが、・・・おれのいとこが・・・」ですが、「いとこが」の後に続く言葉は何だったのか。
「妹たちを殺す」だったのか「生きて帰ったら妹たちが殺される」だったのか。状況から考えると、私は後者の方を考えたいです。

2)磯川警部は昭和21年のこの時点で、いったい何歳だったのか。清水巡査の言葉によると、岡山でも古狸と云われているそうである。ということはそうとう長年に渡って警部として活躍していたと考えられる。しかし昭和12年の「本陣殺人事件」の時は階級は警部でも、まだ県警本部勤務ではなかった。おそらく総社の警察署にでも勤めていたのであろう。その後、応召され数年の軍隊生活を送り、その後、県警本部の刑事課へ転勤したとの記述が「獄門島」にある。
また、金田一耕助と再会した時に髪に白髪が生えていることが書かれている。
さらに21年後の「悪霊島」事件の時もまだ現役でいるところを見ると、昭和42年秋で定年退職になっていないということである。
当時の地方公務員の定年年齢を55歳として、磯川警部の定年が「悪霊島」直後だったとしても昭和42年秋に55歳ということは、磯川警部の誕生年は1912年(明治45年・大正元年)であり、「本陣殺人事件」では25歳にしかなっていない計算になる。これでは金田一耕助とほとんど同年齢である。

定年年齢を60歳にしてみれば、「本陣」の時に30歳、「獄門島」で39歳ということになる。これならばある程度納得は出来るが。(年齢はすべて満年齢で計算してある)

等々力警部といい、磯川警部といい、その年齢も含めて謎が多い存在である。

この両警部の謎については私も興味を持っているので、いずれもっと詳しい研究をしてみたいと思っている。



これより以下は「獄門島」の犯人に関する記述があります。未読の方はご注意ください。

















3)了然和尚は何時、花子に偽の手紙を渡したのか。当日昼間の模様が書かれていないので何ともわからない。

4)荒木村長は何時、雪枝を殺したのか。さらに本鬼頭の蔵にあった芝居で使った張り子の釣鐘を何時、天狗の鼻の下まで持っていったのか。
6時半まで本鬼頭にいた雪枝を、どのようにして天狗の鼻まで誘い出したのか。おそらく殺害場所は天狗の鼻であろうと思われるが、そこへ行くまで雪枝は誰にも見とがめられなかったのか。

荒木村長は雪枝殺害後、すぐに雪枝の遺体を釣鐘の中へいれ、張り子の釣鐘で偽装をして、それから本鬼頭へ向かったと思われるが、本鬼頭到着はだいたい7時半であるところから、殺害時刻は7時頃と思われる。

5)幸庵さんは何時、月代を殺したのか。了沢がお酒の追加をしに台所へ行った隙なのか。それではあまりにも時間的に際どくはないか。あるいは了沢が表に出ていってしまった後なのか。それとももっと前なのか。通夜が終わり荒木村長が山へ向かい、了然和尚は寺へ帰り、早苗も姿を消したそのすぐ後なのか。しかし了沢は同席していたのではないか。了沢の目を盗んで月代を殺しに行ける時間をどのようにして作ったのか。
さらに、手ぬぐいを吹き流しの中に紛れ込ませたのは何時か。それは幸庵さんが自分でやったのか。左手が不自由な幸庵さんが、手ぬぐいがほどけないように鴨居に堅く縛ることは可能なのか。
さらに、勝野の飼い猫ミイを捕まえて、鈴を鳴らさせるように細工したのも幸庵さんなのか。片手でそのような細工を短時間に出来るものなのだろうか。

6)了然和尚は、山狩りの連中に見とがめられずして、どのように海賊の後ろへ先回りできたのか。

7)同様に、早苗も海賊の遺体のある場所にどのように先回りできたのか。


名作と云われる「獄門島」にしてこれだけの(細かいところを衝けばもっとたくさんの)疑問点があるのだ。もっともいささか牽強付会の説が強いかも知れない。
また、これらの疑問点を指摘することによって「獄門島」の価値を損なわせようとするものではないことを明言する。

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コメント

サークルのコルクT氏は、以前「獄門島」を写経(?)されたことがあるそうですcat

それくらい、名作ではありますが、半兵衛さんの疑問点1)~7)は、映像でもあいまいにされていることばかりですね。特に5)は・・・猫は簡単には他人に捕まらないし、また、静かに(逃げずに)鈴を鳴らしているというのも無理があるのでは・・と思いますcatcat

こういうことが、初読では全く気にならないのが「獄門島」のすごさでしょうかcatcatcat

ところで、2)について、時々テレビドラマで、明らかに60歳以上の人が「刑事役」で出演していますが、「再雇用」なのかなぁと思ってしまいます(笑)。

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